こんなに辛い話はねえ

 家に灯油撒いて、子供二人殺しちまったタクシー親父がいた。

 嫁さんと子供抱えりゃ、この手の状況に嫌でもぶちあたることはある。とりわけ貧乏人は。


 やってもやっても実入りねえ仕事ってのは、ある。実入りねえばかりか、やりゃやるほど追い詰められる。不景気ん時ゃ、とりわけその手は増える。


 やっと上がり。とにかく今日は終わり…。ほっと緩んだ時が危ねえ。生活の、金の話が発火点。「稼ぎ悪いよ」。この一言に耐えられたことは、俺も正直一度も無え。


 どんな仕事も同じだろ。「ああ終わった。」緩んだ時が一番危ねえ。


 「♪あしたの晩も ガチョウをお願いね…」。やっとの思いでエサとった泥棒狐に、子狐共が無邪気に言う、こんな歌が昔あった。


 暮らしに必死の母ちゃんは、待った無し。ご大層な大義、真っ当な夢。なに男が追っかけても。
 家庭ってのは、そんなもん。どこまで行っても。


 人間の、男の試金石。それはこいつだと、この歳んなりゃ身に沁みる。


 雪国育ちの母ちゃんの忍耐。下の子庇護する娘の気持ち。そいつが運良く噛みあって、たまたまここまで来ただけ。


 母ちゃんも子供も孤独なのだ。枕濡らして寝た子もいた。


 男がバカさ悟るにゃ、家族の気持ち、身に沁みるしかねえ。


 やっと今頃思う俺に、今でも火ぃ付くことある俺に、言えることなんかねえさ。