(その1)


 朝起きてストレッチに外に出たら、強烈にすっ転んだ。薄く積もった雪の下はテカテカ氷。たまたま両手で受け身して、どうにか無事。考え事して歩いたせい。


 いい警告だぜ。

 アタマで生きちゃいけねえ。人生、体で突き進め。



(その2)


 古い年賀状捨ててたら、昔の「恩師」の賀状。まるで記憶にねえ。返事出した記憶もねえ。


 子達の名が、そこにゃ連ねられてた。曰く、長男○○、××銀行勤務。長女△△、凸凹製薬□□研究所勤務。


 この手のバカは、世間知らず人知らず、井の中のカワズ、山の彼方のご来光指くわえて眺める、おいらの親父のような山ザル・田舎もんがやるこったと昔ゃ思ってた。


 このセンセイ、確か東京育ち。


 驚くこたぁねえさ。それが東京、ニッポンの都会。イナカはこいつの、ただのネガ。腐った本の裏表。東京もんは、慇懃無礼が長けてるだけ。真っ当・地道に人生生きる奴なら、馬鹿でも分かるぜ。



 出来合いの構造たたっ壊せ。御用達たたっ壊せ。じゃなきゃ、ニンゲン絶対救い出せねえ。


 こいつが、自分の性根とアタマの破壊作業と対ってのは、人生嫌でも身に沁みた。



 ニッポンそのものが根無し草なのだ。ほんまもんの人生、体感、人間の暮らし。こいつに根ざさねえエセ思想、エセ道徳、エセの神。


 上部構造=武士共の封建サラリーマン社会。それに引っ付く伝来の公家社会。こいつら直伝の組織社会。真っ当な汗は絶対報われねえ仕組みの組織的娑婆。


 何のために生きるかが自然肌身に沁み付く、人民の日常に根ざさねえからさ。



 出来合いの組織的脳味噌。こいつの中でそのまま育ちゃ、どっぷり浸かってりゃ、仕上がるのは虚構相手のバカおたく。田母神なんて典型。軍なんてもんは社会の構造・体質の鏡。底が浅きゃ浅いほど、単細胞はしゃしゃり出る。羽振り利かす。学歴自慢、会社自慢、家柄自慢等々、まるで同根。ほんまもんの根っこねえから、恥もねえ。


 人間、一朝一夕にゃ変わらねえさ。変わらねえからと苛ついて、エゴの性根丸出しの促成栽培。これが明治国家=この国の近代だった。上げ底張りぼての近代社会。何一つ、今も変らねえ。


 いい例が「ゆとり教育」見直しさ。この手のものは、結果はすぐには出ねえ。すぐに出ねえからと、またぞろ科挙学歴基準の点数教育。官僚・宦官頭脳だけ促成栽培。一体誰が真っ当に、地べたに根ざしたもん作るんだい?


 俺の子達はたまたま、「ゆとり教育」先駆けの実験校にいた。小学校の時にね。


 まるで勉強しなかったが、いじめのたぐいもなかったさ。ストレス薄いからね。上の子の先生は絵の教師。「勉強させたがりの親の評判は悪かったけど、うちの子にはよかった」と嫁さん。俺もそう思うさ。


 下の子の先生はイマイチだったが、いわゆるお勉強はやっぱりさせなかった。ぼ〜っと散々遊び呆けたのが、人生の力にゃ確かになってる。遊びの世界はトータル。散々遊んだろ。俺の餓鬼の頃より。


 この手の結果は、すぐにゃ出ねえ。すぐにゃ出ねえからしがみ付く。都会のバカも、その昔「素朴」が売りの田舎のバカも。教育なるもんは、明治の初期も同じ経過たどった。歴史ほじくってみな。てめえの頭と目ん玉で。


 世の中は、糞もバカもこき混ぜて十把一絡げで動く。クソの方にも、地獄の方にも向かうさ。向かおうがどうしようが、俺は俺の気持ち言うだけさ。そうだとほんとに感じたことをね。



(その3)


 陰に回っての気遣いが、ことごとく通じず。


 それぞれが、いい顔してえため。


 腹立てちゃいけねえ。俺が自分でしたことだ。腹立つんなら、二度としねえことだ。


 自分の中の善人面は、ぎたぎたに踏みつけときな。