男のやさしさ、はて?

 「男の本質はやさしさだよ。おい、その髭剃れよ」

 太宰治が学生の頃の吉本隆明に言ったとかの、有名な話。つぼ突いてる。突いてるけど難儀な話。

 やさしさって奴は根底に、自分なるもの捨てるもんがなきゃ成り立たねえ。でなけりゃ、ただのお情け。

 捨てるって奴は、たいがいつまずきの石に。持ち金全部放り出し、命も放り出さなきゃ到達できねえなんてヘンな話に、下手すりゃなる。下手しなくたって、かなりの場合そうなる。それで死んだり、殺されたりした奴はずい分いるんじゃねえかな。有名どころじゃ、田畑全部放り出し、挙句に自殺・情死した有島武郎

 宗教なんかもたいがい、善人のこの手の心理突いてくる。命含めて身ぐるみ持ってかれた善人は、オウムなんかにゃずい分いたろ。国家も当然、この手は使う。左翼も。善人の善人たるゆえんの、後ろめたさ突いてくる。

 後ろめたさなんて、持っちまう奴は確実に損する。

 こいつはしかし、ある程度んとこまではしょうがねえんじゃねえかなと、自分振り返って思う。持っちまったもん、身に付いちまったもん、力んで振り払ったってしょうがねえのだ。そんなことすりゃ、もっとろくでもねえことになる。

 ある程度んとこまで―。こいつがミソなんだろう。ハイそこまでなんて尺度あるわきゃねえから、何んともはやだが。知らんで行き過ぎりゃ、命も当然失くす。

 経験的に思うのは、ヘンな言い方だが、人から学ぶなんて性根、早く捨てろってこと。この手の性根抜けねえ限り、詐欺にも永久に引っかかるんじゃねえかなって気はする。

 自分で感じろ―っていうか、感じるのは自分だよって感覚。人から頂戴するんじゃねえ。元々自分の中にあるから思うんだよって感覚。納得するのは、決めるのは自分って感覚。

 決めるのはあなたですなんて、詐欺師だって言うけどね。俺の知ってる保険屋の常套句だった。

 欲捨てて、見栄捨てて、体裁捨てて、体も気持ちもだら〜っとさせて、細けえ話にいてこまされず、ぼ〜っと全体感じて人見る。自分も。

 いろいろ捨てねえとできなかった。今だって駄目。なのでいまだに鬱になると、俺は感じてる。

 末裔見りゃ太宰(吉本)だってできちゃいねえなんて、言ったって始まらねえ。自分の問題だ。

(追伸)
 欲捨てても見栄体裁すてても、生命力の低下にゃ絶対ならねえ。こいつは絶対に言える。こんなもん、ゆがみの突出に過ぎねえからだ。