感性を裏切っちゃいけねえ

http://www.youtube.com/watch?v=JbZkMpXktBo

 山崎ハコのこの曲は、流行って点から見りゃ十年後れてる。どう見ても1970年から73〜4年のもんだ。

 そんなこたぁどうでもいい話。流行歌手じゃなけりゃね。

 真似と言われようが古いと笑われようが、まずは表現しちまうのが大事。そうやって人は次に進んで行く。

 何度も言うが、ハコのよさは自分の感性を裏切らなかったことだ。安易に相手に、社会に、時代に合わせなかったこと。

 こいつが娑婆じゃどれほど難儀かは、この種の性根で生きた者なら誰でも分かる。社会、とりわけ組織社会にゃ、随所に踏み絵が配置されるからだ。同意しろ。一緒に笑え、嘲笑しろ。俺達に身ぃ重ねて、イタコのごとくしゃべれ。

 烏合の善人達の誘惑。意識無意識の悪意の誘いと落とし穴。こいつを蹴飛ばす者の人生に何が待っているかは、言わずもがなだ。

 この国の大半の者達は、他人製・レディーメイドの近代化のベニヤ板、魂までも集権化の張りぼて。この上に載って身も心も腐り果てた。

 嘆くこたぁねえさ。一般論じゃねえ。一般的な社会情勢じゃねえ。多数決じゃねえ。そこで自分が生きりゃいいってだけの話。どんなに難儀でも。周りは踏み絵、落とし穴ばかりでも。

 六十年の人生を賭けて今、はっきりと、何度でも言う。

 ニンゲン様の生き甲斐は、生きたという実感はこの上にしかねえ。自分の感性体感を裏切らねえところに。上っ面、どんなに惨めな思いしても。

 淡々と生きることだ、自前の人生。自前の感性で。

 それは反抗が生き甲斐の小児病や、持てる者への反発なんかじゃもちろんねえさ。だからトータルな世界観を必ず持つ。市井の一匹夫だろうがなんだろうが。その種のレベルの話じゃねえんだからね、そもそも。人一人の人生は。実存ってやつは。

 人民民主の共和制。これは俺の中で醸成された一想念だ。いろんな落とし穴や踏み絵の娑婆を、作ることでどうにか生き抜いた実人生の。