自由からの逃走=無謬神話への逃避と共和制

 あまりにくだらねえ仕事を午前中こなしたらドッと疲れが出て、納豆で昼飯食って惰眠。電話で起こされた後、テレビを点けて再放送の新聞記者もののドラマをぼけっと見た。トップの者達が一記者の正義感に共鳴し、その種の共鳴共感が汚職絡みの殺人事件を解決するというやつ。

 こんな構造がほんのちっとでもマスゴミ(組織社会)にあれば、三十一年前に俺は怒りと失望で高給仕事を放り出し、嫁さん子供を泣かせて飢える自由の自由業、貧乏暮らしを始めることはなかったろう。その後三十一年間、あっちで喧嘩、こっちで衝突。職安通いを繰り返しながら、延々冷や飯を食い続けることはなかったろう。

 何が本当の歴史か、何が本当の地域史か(お体裁・上っ面の正史や国史の下請けが地域史ではない。当たり前だが)を巡ってガッコウの先生のたぐいで作る編集委員会や、元請けの出版屋と激突。資料を読み込み取材をし、延々書いた張本人の名前も抹殺されてまたぞろ巷に放り出された俺が、一応安定した仕事にありついたのは3年後の2005年。(数ヵ月先までは見通せるという程度のものだったが、ひと月先も見えなかったそれまでと比べれば超安定だった)。翌年この場所で最初のブログ、「あの日の空は確かに青かった」を始めた。

 ちなみにタイトルの根拠は、田舎の地域史、個人史のたぐいを何度掘り返しても確かに見た、敗戦後の青空だ。人民、民衆、人々にとっての。

 思えば俺はこのことをその後、延々書き続けてきた気がする。人間一人ひとりにとっての真の青空。敗戦後の一時期だけじゃない、誰の心の底にも、真っ当な行動の底にも必ず潜んでいる青空。それは必ず、正義感を伴うものでもある。そいつその人なりの。仮に当初は青臭くても、真っ当な関わりの中で年と共に熟成される、いや、されなければいけない正義感。独りよがりの要素は歳や経験を重ねるごとに薄れ、人同士の真の共鳴共感へと近付いて行くはずの正義感。

 ドラマはその種の場として描いていた。マスゴミ、警察、大学等々の組織社会を。

 ドラマだから絵空事でいい? 馬鹿こくでねえ。どれほどこの国を、人間を腐らせてきたか、この種の幻想が。トップに立つ者の無謬性。

 原発の事故後、「トップの無謬性」に根を置くこの種の幻想がまるで幻想であり、堕落・腐敗の温床であったことは満天下にさらされた。官僚、マスゴミ、権威に居座るセンセイ・大学等々。

 それでもいまだ、随所に同じ幻想は生まれる。生まれるばかりか、再び大手を振り始め、反抗・反骨・リベラル面の者達さえ、尻尾を振り始める体たらく。自由からの逃走? そう、思考停止、逃走だ。またぞろくだらねえ幻想への。

 人生、本当には生きたことはただの一度も無い、真に汗を流したことなど絶無、怒りに燃えたことなど、泣いたことなど皆無の、口先の講壇リベラリズム。言われたことをやりましたのサラリーマンというだけ。

 誰の中にも必ずある真の青空。こいつに本当に気が付けば、つかみ出すだけの性根があれば、無謬性神話にまたぞろ逃避することなど絶対にねえと俺は思っている。俺自身の経験で。


 共鳴共感、義理人情、人は並立、人それぞれ、一人ひとりが造物主の共和制万歳。一人ひとりに根を置くインターナショナリズム万歳。