基層に向けて (初出・2007.9.20)


 書くことの意味や目的はいろいろだが、俺の場合はっきりしたのは、人の意識の基層に向けて、ということだ。

 何で書くのかな…。

 答えを言葉にしたら、こんなことだった。

 基層に向けてとは、原形に向けてとイコールだ。心に向けてと言ってもいい。

 こいつなら、胸に手を当てて書くことの意味も生じる。ひとり言の意味も生じる。

 娑婆の損得利害や、社会の垢で固まった意識じゃない所のものを書く。金にならない話と言ってもいい。暮らしの足しには、なることもあるだろう。時には。

 意識の基層は、原形は心は、誰も一緒だ。この世に生まれ、暮らし、死んでいく。それは誰も一緒なのだ。

 この「一緒」には注意が要る。

 娑婆の垢と未分離だと、ファッショになる。

 「だから俺の言うことを聞け」

 宗教や、組織や国家の標語や精神は、総てこの手合いと見ていい。素朴などと言われるものも、案外平気でこれをやる。


 指示、命令の直列つなぎ。人と人の関係も、意識と心の関係も、直列つなぎだとこうなる。大事なのは並列つなぎ、並立だ。

 共感、共鳴。潜んでいるものを呼び起こす。ピラミッドの仕組みでは、なし得ない。

 想起する。想起させる。おのずと。自分の中でも、人との関係でも。

 だめなら沈黙するだけ。わが身を振り返るだけ。

 こいつは娑婆でやるのだ。寺院の中じゃなく。