(1)魂と共和制(初出、07.7.28)


 雑文でも、殴り描きのスケッチでも、荒削りの彫像でも何でもいい。

 そいつの魂の反映なら。

 

 生まれついての、身についての魂を失わない。

 こびり付く娑婆の殻をぶち破る力を失わない。

 そいつが何より大事なのだ。

 

 こいつは疲れる。エネルギーが要る。娑婆の「経済的効用」と嫌でも対立する。

 魂の、トータルな思いの表出は、つまみ食い・ええとこ取りの商業価値と、他人共の思惑と、否応無く対立するからだ。

 

 それでも闘う。

 娑婆の現実の裏返しに過ぎない反発やアンチテーゼではない、トータルな自分に依拠して。

 こいつは嫌でも孤独の中の闘いだ。

 

 思想は数じゃない。数を求めるものじゃない。

 根拠は、すべてここにある。

 上っ面の言葉じゃない実存。身を挺して備えた自前の人生。

 そこで共鳴しあえば、それでいい。

 

 こいつが共和制の魂だ。

 後ろから石投げる味方より、正面の敵。

 効用、効果、数が至上の政治とは、最も縁遠いところからの「政治話」だ。

 

 非政治を装い、統治という究極の政治に誘い込む、有象無象の神達。

 こいつらを蹴散らす根拠も、ここにある。

 空っぽな虚構が担保する序列。そいつに乗っかる知者、組織人、都市市民。

 こいつらを拒否する根拠も、ここだ。

 

 地上の無数の暮らしの場。一人ひとりの小宇宙。

 この「ミクロ」と共鳴する「マクロ」。 

 こいつが共和制だ。