自分と家族の話を俺がするのは、生きた証しがそこにしかないからだ。


 歴史を含めて他人の人生を、俺は覗いてきた。貧乏抱えて体当たりで。

 だがそれは俺の人生じゃない。子細までは分からねえし、俺の思想の本当の根拠にゃならない。

 自分が直に関わる分、本の知識よりゃマシだった。だが俺の根拠に真になる訳じゃない。自分はグラウンドにゃ死んでも立たねえ。そのくせ威張り散らす、でえ嫌れえな応援団。こいつと一緒に過ぎなかった。


 自分って、一体何だい?

 もう四十年近く前。言った奴さえ忘却の彼方の流行言語を真に受け、俺なりに「否定」し続けて来た。

 その挙句、残った実体が俺と家族だった。本当にそれだけだった。思えば、当たり前のコンコンチキ。その当たり前をつかむために、延々無駄を続けて来た。

「良かったねえ…」。嫁さんにも、幸せほんとに薄かった嫁さんの母にも、子供達にも、心の底からそう思わせることなく。


 体に根ざした感性の座標と、頭に根ざした観念の座標。俺の人生で、こいつの区分けがしっかりついてりゃ、こんな苦労は延々しないで済んだろう。人生を、苦労を苦労とも思わずにやっても来たろう。「安っ腹立てないでよ…」。嫁さんに言われずにやって来たろう。


人間が、本当に感性の座標だけで生きてりゃ、そいつは野人が、ほんまもんの芸術家か、猛烈な暴君になるだろう。

 観念の座標は、突き詰めて言えば他人なのだ。それぞれの都合で生きてる他人。


 俺は、他人に支配されてる自分を徹底的に憎んだ。他人に持ち上げられる、その構造に居座る自分を徹底的に馬鹿と思った。

 こいつは正しかった。この馬鹿を追い出すため、俺は徹底した否定にかかった。俺なりの。


 そのプロセスで当然出くわしたのは、持ち下げられる俺だった。こいつは踏み絵さ、人生の。まやかしだってそこに生まれる。かつて三島は「裸の自分」をつかんだと言う意味のことを書いた。米国人だったか、彼を知る男は言った。「三島サンハ、庶民ト共ニイル裸ノ自分ヲ言ッタ。デモアノ人ノ心ノ内ハ推測デキル。『どうだ。見ろ。俺は著名な作家・三島由紀夫だ。その俺がこんなことをしてるんだ』」。


 凡人の俺は、その点ずっと楽だった。その俺でも一番苦労した。この手の嘘っぱちな自分を含めての否定に。見栄体裁を根絶したとは、今だって言えねえ。

 それでもいわゆる団塊なる同年の豚達のように、人を見下し批評したまま年金暮らし・棺桶に足突っ込まなくて済んだぐらいは、言っても構わねえと思ってる。人生そのぐらいの木戸銭は、支払ったさ。嫁さん、子供にゃ威張れねえが。


 時間がねえから今は止めるが、俺がほんとに言いたいのは表題の、人間の爆発力ということだ。こいつは否定と裏腹だった。生きるために。けちな自分を越えるために。人が人として育つために。俺が人と、社会と結ぶ真っ当な手づる=共和制のスピリットのために。


 自分なりの座標。こいつに自分を置くことで出る、そいつなりのウルトラ・パワーがこれなのだ。