行ってきた


 下の子の結婚式に行ってきた。


 港街の安い教会で挙式。自分達で費用の全部まかなって。


 相手はいい子だった。俺の知る範囲じゃ中央志向きつい印象の、ある海沿いの城下町の生まれ。その他はまるで聞かされず、会ったこともなし。親も知らず。ずいぶん心配した。


 田舎に住むと「上昇志向の嫁さん」に、早ええ話プチブル家庭に引きずられる息子の話をちょくちょく耳にする。「田舎になんか、親元になんか帰ってこないんだよ。あっち眩しくなっちゃって…」。苦労しつつ“なまじの大学”出した親の嘆き。何度も聞かされた。その昔「教育県」と言われた名残。大抵どの家にもへばり付く通弊。出世志向と封建意識と愛情の自己矛盾が生み出す、身から出たサビ。そう言やそれまでだが。


 俺の息子はそんな馬鹿じゃねえさ。思っても心配は募った。上昇志向。俺はこいつと闘ってきた。自分の無さの、諸悪の淵藪。裏を返しゃこの手の悪しき性向が、俺ん中にゃわんさと在ったってことだ。ちっとは否定できてるのか、口先なのか。こいつは次代に表れる。


「行ってみねえことにゃ分からねえ。まるでミステリートレインだぜ…」。言いつつ俺は、嫁さんと出かけた。


 結果は杞憂だった。息子はしっかりと、真っ当な相手見つけてた。心の自立ってことで。


 海に育った父親と一緒に素潜り。楽しさ高じて、南の島の大学で海の研究。両方の知人の紹介で、行ってた息子と知り合った。


 「息子と一先ず都心暮らし。大変じゃ?」。尋ねる俺に新妻は「どんなとこか心配したけど、結構下町。八百屋さんも『いいよ』って安くしてくれるし」と屈託ねえ。「息子は神経質じゃねえのか? 大丈夫か?」と聞くと、「やさしいです」と笑顔。初めての出会い。俺はほっとした。全部が分かった訳じゃねえが。そりゃそうだ。何にも知らずに行ったんだから。


 相手の父親の方が俺は気になった。ずいぶんと寂しそうだった。可愛がってた一人娘なのだ。もう口出しはするめえと俺は思った。分からぬ中の杞憂とはいえ、ケチな不安も湧いたのを反省しつつ。


 要らぬと言ってた御祝い渡すと、「貧乏なのに悪いね」と息子。やっぱりそれの気遣いか。事前に全部仕切っちまったのは。金稼ぐしかねえぜ。息子夫婦のためにも。皆がうまく回るためにも。


 取ってくれてた宿は、港見渡すずい分高けえホテルだった。聞けば払いは済ませたとか。

「こんな時じゃなきゃ泊れないと思ったのかしらね。また来ようね。でも自分達なら、やっぱり安いとこになるね」と嫁さん。そう思ったんだろ。息子も。

 婚約予定の人と来た上の子も喜んでた。こちらの出会いも初めてだった。いい方に転ぶだろう。



 ここには、自分のことはあまり書かねえつもりだった。だが俺の思想のひとり言は、暮らしとイコール。危なっかしい話だが、思想はそういうもんだと思ってる。

 他の場所を一先ずやめた都合もあって、自分の話のオンパレードになった。


 ずい分時間食った。仕事しねえと。