腐った者達

    [クソ食らえ「団塊」の豚達]


「♪時代の流れに逆らって 夢見た若さ懐かしむ前に 萎えた心奮い起こせ。望み無いあしたと決め付けないで」
「♪何を怖れているのですか……なんで夢を捨てるのですか」


 前は『Natural』。後は『自問』。沢田聖子。これがどういう者達に向けられた言葉かは、明らかだ。


 俺より一回り下で、大学出た後何年か東京で働き、田舎に帰ってきた男がいる。見境なくぬかすので聞きたくもねえが、あっちの職場にいたという団塊なる者達を、ぼろカスのごとく言う。いわく威張る、武勇伝吹聴する、カツドウ家用語なるものばら撒く、優越のツラで上からもの言う、世代で固まる等々。何んかの業界紙だったらしいから、吹き溜まりだったんだろう。「崩れ」の。80年代半ば前後とか。


 この手の批判―ってより悪態は、こいつに限ったことじゃなかった。「団塊」より数年下の者が、似た話、憎悪込めて言うのにでくわしたことがある。


 この手は俺の経験じゃ、「団塊」に限ったことじゃねえ。ガクセイ運動なるもの、特権のごとく思い込んでた低脳達共通の姿勢態度。1940〜48年生まれ位まで、結構幅広い。いわゆる60年アンポから68、9年位まで。「団塊」ってより、古いほどに馬鹿さ増幅って印象がある。


 こいつらの害悪は他人の情熱に、何かにつけ冷や水浴びせたことだ。オレタチハ、トックノムカシニヤッテキタコトダという姿勢・態度で。


 小児病の反抗と「知識」、ひけらかしの小道具に使い、腐った毒ガスばら撒いた者達。実態は、歌詞にある通りの小心者。実社会での無能、左翼装う見栄体裁と威嚇で誤魔化し、遊戯で覚えた狭量卑怯なやり口で、他人落とし込む。「被害者」盾に小役人・善人脅し、仕事の無能ちょろまかした旧左翼、腐れ労組と一緒。善意のカンパ、体いい理由付けで飲み食いに使うクズもいた。こいつらの「知」は、万事理由付けだった。低脳愚劣な自己、正当化の。


 歌には、期待がまだ込められていたんだろう。ツケ、他人に回すだけの者達への。