婆ちゃん達の純情

         [日々雑感][共和制]


  敗戦の頃、青春だった婆ちゃん達にゃ、元気いいのが結構いる。野良で働く婆ちゃん含めて。


 この手の婆ちゃん達は、オトコ社会のダシに使われてきた。今も。新制高の生徒会で、生まじめにガリ版刷り。何んやら団体や組合で、行政が音頭取りの地域おこしで、下請け・炊き出し・握りめし作り。


 自分達がどんな風に扱われてるかは、ちゃんと知ってる。「これ、ほんとはあたし達のためじゃないんだよね。色々いいこと言ってるけど」。言いながら、けろっと働く。まじめに。時にゃ火花は俺にも。「あんただって一緒でしょ?」。こんな場にも出くわすさ。色々やってりゃ。


 こういう婆ちゃん達とは、意気投合はしねえ。言いてえだけ言わせて、腹に収める。実は私リカイ者ですなんて、フリにも出す気はねえ。出せねえ。違うんだもんね。立場も人生も。


 昔田舎にゃ、青年団とか4Hクラブとかあった。占領軍の指示でできた、民主化の下請け組織。俺はこの手の風受けた者達の純情ってのは、嫌いじゃねえ。案外素直真っ当に、その後も生きた者達はいるので。それなりのもの作って。GHQのせいってより、時代のせいだろ。青天井。くだらねえもの、ずっぽり抜けた―。


 あの日の空は、青かったんだなと思ってる。やっぱり。色んな資料や話から。あちこちにいた親父共、婆ちゃん達の人生から。吉本隆明なんかは、暗い心抱えたままだったと言ってるけど。しょうがねえさ。その時々の立場・ポジション、染み付いちまった想念。


 満蒙開拓義勇軍行かねえで助かった土方の父ちゃんも、敗戦で命拾いの糞坊主も、GHQ指導のレタス作り止め工場起こした親父も、今も下請け・炊き出しの婆ちゃん達も、多分吉本も、何んだかんだ言ってそれなりの想い抱え、生きてきた。こういう連中は嫌いにゃなれねえ。何言ってても。