はちゃ滅茶、破天荒 ― 田舎の歴史を穿ってみたら― (初出 04/09/2007、やめちまったサイトより)
※ずい分真面目に書いてたね。この頃は。
大正初期。何かを仰ぎ見るだけの国家主義教育に辟易とした雪国の人々は、隣の雪国の浄土真宗の寺生まれのインテリ校長を、二代目に呼び寄せた。
こいつは真っ当な男だった。その後の大正デモクラシーを先取りし、口先でなく実行した。
初代が著した、権威付けと自己宣伝の国家主義教育の本をパロって、見出しは初代そのままに、主体性かん養の書に書き替える洒落者だった。
彼が講演に招いた男に、キリスト教も天皇主義もごちゃまぜの、破天荒な右翼男がいた。
男は、教師もなかなか集まらぬ豪雪の田舎の中学生達に言った。
「何でも、世界全体より一人の人の方が偉いのです。汽車汽船(の発明)も、一人でやったのではありませんか。決して大勢で寄り集まってやったのではありません」
「いかに金が無くとも、土地が悪くとも、どうしてもできる産物があります。これさえあれば、そのほかは何もいりません。それは人間です」
演説は、今はもう誰も見向きもしない当時の生徒会誌に載った。今で言えば中学三年か高校一年位の子が聞き書きした。
論旨をたがわず書き取った子は、長男なので田舎の家を継いだ。
弟の方は、芸者と浮名を流した二代目をやり玉にあげ、「先生あんた、言うこととやること違うよ」と、追い落としの先頭に立った。その後は京都の大学に行き、中国・東洋史の名の知れた研究者になった。
教育云々を言うなら、こういうはちゃ滅茶、混沌が教育だろう。首から下、若さの感性の爆発も恐れない、体当たり共の教育。
人々は、初代がやった「よい子」育ての国家主義教育の愚を、見抜いていた。