子供

 俺に小言言われぷっつんだった下の子が、先日帰ってきた。嫁さんとまだまだ1歳にならん子を連れて。


 お互い余分なことは言わなかったが、息子はずい分安心した風だった。こっちがまるで意に介してねえのと、元気なのを見てだろ。


 親が心配で仕方ねえ。そういう子だ。親を空気みたいにして育った子なのだ。上の子と比べりゃだが。


 何思ったのか、着て来た上着と仕舞い込んだままだったGパンを俺にくれた。デブりもせず、筋力体型落とさねえで元気でやれという、半ば無意識の思いなんだろ。


 学生時代も、バイトで買ったとかの案外高けえGパンを何本か俺にくれた。


 親父、元気でいろ。


 裏を返せば不安なのだ。出来高払いの雇われ仕事、失業、失対仕事、こなせる当てもねえノルマの営業仕事、日雇い…。そんな親眺めながら、バイトと奨学金、授業料の割り引き申請に明け暮れて卒業したのだ。愚痴りもしねえで。


 たった一度、烈火のごとく怒ったメールよこしたことがあった。そのうち親父の偉大さ分かるぜと、あほな冗句のメール俺がした時。「くだらねえこと言ってねえで働け。金稼げ」。


 働いてたんだけどね。金にゃならんかった。やらんでもいいこと延々調べ延々書き、請け負い先の編集委員会とやらと大喧嘩。放り出されてハローワーク通い。もう二度とあかの他人の人生なんざ書くもんかと腹に決め、失対仕事してた頃。


 息子は俺の思いや意識は、直接的にゃまるで受け継がなかった。


 文系社会系の夫なんて、もうこりごり。そんな母親の思いと、息子の中に多分あった素地が、俺とはまるで別の道に向かわせたんだろう。


 俺にゃしかし、何の寂しさも無かった。


 俺に似ず無口なおめえは、人情の分かる奴だ。そういう思いが俺にゃあったからだ。農協の腕相撲大会で10kgの米もらい、にこにこ顔で帰ってきたちびすけの頃から。俺にゃそれで十分、十二分だった。上っ面の社会意識や思想なんざ、何の意味もねえのは散々味わった。大事なのは人情、人の情なのだ。


 俺はおめえの嫁さんのことは、まだよく分からねえ。姑、小姑はいい人だと言ってるが。多分そうなんだろうぐらいにしか。


 一つはっきり分かるのは、あめえは人の情で相手を選んだってことだ。昔俺がそうしたように。


 一つ違うのは、俺はたまたま人情出したカンダタ程度に過ぎなかったが、おめえの心にゃやさしさが沁み付いてるってことだ。同情じゃねえ人の情が。


 俺もそのはずだったが、散々嫁さんにゃ突き上げられた。思い上がりじゃないの等々。


 おめえはそんなこたぁねえだろう。


 そんなこたぁねえおめえが、万が一にも荒んだ気持ちにならねえために、親は生きなきゃいけねえと俺は思ってる。


 もう馬鹿な小言は言わねえさ。おめえのやさしさにゃ、これからも載っからねえさ。そのためにゃ、何が何でも自力で生きるさ。嫁さん込みで。


 それがおめえや、おめえの家族の心の平安なのだ。


 親は元気で黙ってにこにこして、時々野菜や果物送って来る位で十分なのだ。


 親父、今いくら稼いでるの?


 おめえがそっと聞いた時、俺は二万ほど下駄はかせて返事した。


 割り悪いねと言ったが、ひとまず安心した風だった。帰りのガソリンも、黙って親父に入れさせた。


 武士は食わねど―。他人にゃしねえが子達にゃするさ。俺も嫁さんも。


 自分を無にする、無にできるのは、家族に、子に対してなのだ。


 がんばれや。そして願わくは、親の馬鹿さをまともにくらい、おめえの盾にもなってくれた姉さんのことは、これからも思ってやってくれや。


 姉弟仲は100%親の責任。こいつは俺自身、身に沁みてるが。