怠けは諸悪の淵源

 人間、最初から悪事企む奴なんてそうはいねえ。

 追い詰められて、切羽詰って悪事働くってのが大半だろ。

 そこに至る者達の中にゃ、どうにも認めようのねえクズがいる。

 それはぐうたら。怠け者。

 昔、東京じゃそこそこやって来ましたとかの自称編集者が、俺の前に現れた。兄はワセダ出て大学の講師。私もいろんな雑誌作って来ました。聞きもしねえのにペラペラ。

 俺はそいつに、ある開拓団の手記の編集を頼んだ。当時俺は営業屋。仕組み上、こいつに委託するしかなかった。

 長年日の目見なかった、黄ばんだ原稿用紙。百姓人生の苦労が書き連ねてあった。

 ここはこうして。あすこはああして。これは心情良く出てるので、頭に持って来て。俺の指示に相手は「ええ、よく分かります。絶対いいものに仕上げます」。

 十日後だったか。締め切り日に持ってきたのは、俺が渡した通りに積み重ねた原稿だった。何の工夫も無く。赤だけ入れて。

 「いいものに仕上げます」。嘘じゃ無かったろ。その場は。

 おざなり・やっ付け仕事に、インテリ面ひけらかすこの男の今日までの行動が透けて見えた。

 一応はその気になって家に帰る。原稿投げ出す。二日三日過ぎる。気持ちは冷える。やろうと思うが、安い編集代だの頭にチラ付き、手につかねえ。なんで俺がこんなもんやらなきゃ…。やがて締切日は近付く。はした金でも金は欲しい。

 ここまではありがちな話。俺含めて。

 ちっと根性ありゃ、ここは徹夜で仕上げるべ。本気でとっかかりゃ、嫌でも気持ちは仕事にのめる。のめり込みゃ、ぎりぎり粘って何とかましなもんに仕上げようと嫌でも思う。中身ちゃんと読む奴なら。感じる気持ちありゃ。

 この手の気持ちが、土壇場でもいいから湧くのか湧かねえのか。こいつが駄目男(女)か否かの境目と俺は思ってる。


 この手合いほど口にする。やれば出来た。ボクちゃんも。

 そうさ。やりゃ出来たさ。誰でも。潜在力なんざ誰でも五十歩百歩。


 六十年の人生ではっきり見えるもの。怠けは諸悪の根源。

 土壇場になっても踏ん張れねえ。踏ん張れなくても生き延びようとはあがく。あがきゃそれなりの手は編み出す。汗流さなくても生き延びる術。

 この手の世界で生きる奴は結構いるってのは、散々見てきた。馬鹿にゃしねえさ。それも力。汗流す奴にゃ手に入れようもねえ、小細工、ちょろまかし、近道抜け道。

 男はその後、人や仕事を目先で嗅ぎ分け転々。今どうしてるかは知らねえが、収まるとこに収まってるんじゃねえかな。それなりに体裁繕って。

 馬鹿にゃしねえさ。愚劣だろうが何んだろうが、すべては交換価値。この手の娑婆の落とし穴、ジャングル、からくりに足すくわれねえためにね。