家庭を描いた小津と描けなかった黒澤

 比較は総てくだらねえ。こいつを承知で言う。 

 俺は昔、黒澤映画が好きだった。ある時それは、百八十度逆転した。小津安二郎と。

 理由はその時ゃ曖昧だった。今は明白。家庭を描けなかった黒澤と、描いた小津。悲しみや空しさ含めて。

 黒澤映画は一口で言や、男のええかっこしい。印象に残るのは、『七人の侍』最後のシーンの志村喬のせりふ。「勝ったのは俺たちじゃなく、あの百姓達かも知れない」。

 娑婆のこと何んにも知らねえ殿様の、「サンマは目黒に限る」。こいつと同んなじぐれえ間の抜けたせりふ。

 死ぬ少し前だったか。「私に影響を一番与えたのは旧制中学校」。そう黒澤は言ってた。

 永遠の書生なんてロマンでも何んでもねえ。はた迷惑なだけ。生身の現実から拾ってこねえんだもんね。ニンゲン様を。この手がこの国の「中堅」であり、エリートなのだ。今だに。

 黒澤の映画技法ってのはいい。フィルム時代のムービー撮影屋の俺が見ても。

 そんなもん、なんぼのもんじゃい。生身のニンゲン様の有無から見りゃ。