労働

 三十三年前まで働いた大阪の職場に、仕事をすることによって自分を保とうとする男がいた。

 東京の下町の工場地帯の出の彼は、職場では俺と同様、エリートでは無かった。

 彼は立場によってわが身を保つ者達、エリートを毛嫌いしていた。そしてよく働いた。

 彼は仕事の中で、自分の仕事の領分からズバッとものを言った。

 彼はそれによって相手の実質を容赦なく炙り出した。わが身のものでは無い所でものを言う者達の軽さや甘さ、嘘のたぐいを。だから嫌われた。

 彼と仕事が出来るのは、彼の論理(仕事の組み立て)に論理で対抗できる者、論理で説得できる者達だった。一般論では無い、自分自身が実践し検証した論理によって。

 彼は下請け、孫請け達からも慕われた。彼らの中の、相手の立場や顔色で立ち回らない者達から。

 大阪にはこの種の者達が当時はまだいた。その後知ったが、東京圏ではこの種の者達はほぼ皆無となりつつある時代だった。

 彼は俺にとって、師匠といえる生涯唯一の人物だった。人を尊敬することの愚を知り尽くした今は、彼への思いは異なるが。(人を尊敬する程度の生き方では、自立した者同士の関係―並立の人間関係―は結ぶことは出来ない)

 彼は職人だった。その通弊で家庭的には問題を抱えていた。職人には娘をやるな―。これは昔の町場の語り伝えだ。

 それも随分俺は引き継いだ気がする。これは俺自身の後悔と反省だ。

 だが労働。自分が見抜いた仕事の本質から物事を組み立てようとする労働。これは今も俺の中に変わらずにある。

 それは俺には金銭的な損をもたらし、人生においては糧をもたらした。人ひとり生き抜く糧を。六十余歳の今も、なのでこうして飯が食えるのだろうと思っている。金銭的に最底辺だとしても。

 2000年か2001年か。サッチャリズムが売りの小泉が登場した時。彼は息子をマスコミ・芸能世界に売り出するもりだったのだろう。へらへら笑いながらテレビに登場させた。そこにはこの国、この社会の嘘の総てが凝縮されていた。

 俺がこの国この社会の虚構を腹の底から憎み、体のいい論理や道徳で人を使役しようとする者達を心底軽蔑するのは、今も続く俺自身の仕事の体験に拠っている。延々続くちっぽけな賃仕事の。