逆立ち (初出 8/29/2006)
雪国の田舎の出の、文芸書などろくに読んだことのない女がいた。
彼女の取り得は、いい母親だったことだ。知的なものには鈍感だったので、学卒者の多い母達の集まりでは、軽んじられた。
ある日彼女は普段感じていることを、集まりの中で素直に言った。聞いた母親達は笑った。
「それってH.Kさんが書いてることにそっくり」
H.Kは、実生活に肉薄した批評をするとされた名高い文芸批評家だった。
「H.Kさんって誰?」
彼女は帰って、その種のことが少しは分かる夫に聞いた。夫は答えた。
「見ていただけの人だよ。君のような者を」