2007-08-27から1日間の記事一覧

 えせ(初出 2/12/2007)

妻は昔、加藤登紀子が好きだった。二十代の頃だ。その後はあまり聴かなくなった。好きじゃなくなったというより、嫌いになったようだった。「なんか嫌なの」。その位しか言わないが、鼻に付くということらしい。その意味なら、よく分かる気がする。学生や学…

知識は経験を怖れる(初出 8/20/2006)

知識は経験を怖れる。それは知識に拠る者が、知識の根拠を直覚するからだ。 その先は色々だ。知識の良さを感じつつ、謙虚に経験に学ぶ。そんな模範解答に出会うことはまずない。たいていの者は居丈高になるか、経験の側をネチネチこき下ろしにかかるか、極度…

 逆立ち (初出 8/29/2006)

雪国の田舎の出の、文芸書などろくに読んだことのない女がいた。 彼女の取り得は、いい母親だったことだ。知的なものには鈍感だったので、学卒者の多い母達の集まりでは、軽んじられた。 ある日彼女は普段感じていることを、集まりの中で素直に言った。聞い…

夜明けの青色と青春 (初出 07/28/2006)

夜明けの青色との出会いは、若さの特権だ。そう思うのは、私が歳を取ったせいだろう。 夜明けの青色。それは、十代の終わりから二十代の初めにかけての私の記憶を呼び覚ます。あれはとうの昔に取り壊された、杉並と中野の境のアパートだった。とりとめのない…

ある作家の記憶 (初出 07/26/2006)

郷里に戻った頃の記憶の一つに、その頃たまたま出会ったある人物の思い出がある。作家を生業とする彼は、故郷でもあるこの地の、ある町外れに住んでいた。私が、関わっていた冊子の取材で彼の家を訪れたのは、戻った年の初冬の頃だった。 用件は、その頃彼が…

女は不幸の家(初出 07/24/2006)

私の家は、女が幸せになれない家だ。 私の父の母は、不幸な思いを抱いたまま若くして死んだ。父はそのことを、生涯知らなかったようだ。私がその話を聞いたのは、父が死んだ後の十年ほど前のことだ。教えてくれたのは妻だった。妻は母から聞いたのだ。普段は…