信心

      (初出 05/21/2007 消しちまったサイトより)


 あんたの家は、信心はないね。

 これも妻の口ぐせだ。

 ああ、そうだよ。

 そう思うから、そう答える。

 もう死んじまった両方の親を見ても、そいつは思う。

 俺の親父は、はた目は一応見栄えした。中身もそれなりの抑制はあった。


 妻の親父は、雪国の田舎の泥んこ百姓だった。百姓だけでは食えっこないから、せこい商売もしていた。

 骨董品の売り買いだ。こんな商売がまともじゃないのは、馬鹿でも分かる。相手の心の隙間や幻想、射幸心を突っついて、安く買い叩き、高く売りつける。俺にゃ到底できない。


 この親父、“コケの一念”は持ち合わせていた。

 自分のことと身内のことは、必死になるのだ。なりふり構わず。自分の長男と死の床でまで喧嘩したかと思えば、引き取った孫娘は必死で育てた。親父なりにの注釈付きだが。一番下の息子は、あり得なかった大学まで出した。どちらも骨董の金で。


 妻を含む子供達が、おおむね素直に育ったのは、母親のお陰だろう。子にも人にも温和だった。子や孫へのあったかさに、底はなかった。今は寝たきりだが。


 人間、どちらかまるでゼロはない。それなりに、どっちもあるのが人間だ。肝心なのは、日々の基本がどっちにあるか、土壇場でどう動くかだと思っている。

 俺の親父の抑制は、本当の意味の自己抑制じゃなかったと、はっきり思う。

 親父は馬鹿息子の長男と、死ぬまで喧嘩する性根は無かった。見栄体裁の抑制で。

 ある時俺は親父に言った。親父、馬鹿兄と徹底的に喧嘩しろや。その結果なら、俺は文句は言わねえよ。

 できなかったのは、親父が自分をバラせなかったからだと思っている。檻の中の自分を。バラせりゃ俺だって忘れたさ。のこのこ田舎に戻ってきた末息子を、失敗者と怒鳴ったことを含めて。

 母親も、親父と同じだった。夫敵に回しても子を護る性根は、無かったな。もう言う気もねえが。

 

 信心なんて奇麗事じゃない。奇麗事じゃない所から始めるのが、信心だ。

 こいつは、はっきりしている。


(2008.4.19 追補)

 今朝のラジオで歌舞伎役者が出てた。
 
 鷹揚な、分別ある口ぶり。


 ちょっとでもケツに火が点いたと思や、なに言い出すか、なにやり出すか分からねえぜ。こんな奴は。
 乗っかってるだけだからね。散々出くわしたぜ。