(初出 08/19/2006 やめちまったサイトより)


 もう十数年前の話。医者のミスで寝たきりになった、その子を抱えて闘う男の闘争記を書いた。



 悲惨な状況、何かを恐れ近づかない地元マスコミ、怠惰な弁護士、駄目裁判官…。悲惨な歩みと人物の孤独に共鳴し、ほかの仕事そっちのけで取り組んだ。



 だが本は出なかった。出版社との金銭トラブルらしかった。



 私は無念だった。相手のためにも、寝食忘れた自分のためにも。



 そこで彼に会いに言った。私も手伝う、できることは。月に4日か5日。この位なら割けるだろう…。そんなことを思いながら。「あの本はあなたの所に通い詰め、立場にあぐらをかく医師のいい加減さ、記録もろくに読み返さない裁判官のいい加減さ、弁護士のいい加減さ、マスコミを含めた社会のずるさ、あなた自身の孤独。そのことを可能な範囲で記録したものです。手伝いますので、何とか出す方向で…」。



 かれは黙って聞いていたが、聞き終えると突然言い放った。「そのうち出してやるわっ!」。出版社の回し者ぐらいに思ったのだろう。何があったか知らないが。



 私がキレたのは、次の場面だった。直後にかかって来た大手マスコミの電話に、にこにこペコペコ。あんた自身言ったじゃないか。何かを持ち上げ見上げる根性。それが過誤を生み、過誤を隠す要因と。



 請け負い仕事の三文ライターの原稿など、まともに読む暇がないのは知っていた。いいかげんな田舎出版社と、訴求力で格段に差のある大手マスコミを天秤にかけるのも構わない。だが向き合う個人もそのレベルで計量する男と、関わる気力は失せていた。